「傷つきたくない」が、かえって人を傷つける。

「私、子どもの頃いじめられてたの」
辛い過去を抱えた人に同情心を抱くのは、決して悪いことではないけれど、
「この人をこれ以上傷つけてはいけない」
と相手の言動を何でも否定せず受け入れている と、
「こいつには何をしても許される」
と勘違いをされてしまう。
私自身も傷つけられた経験から
「自分の言動を否定してほしくない」
という思いを抱えてきましたが、受け入れられることよりも拒まれる方が多かった。
当時は怒りを覚えましたが、ネガティブな反応も彼らからすれば誠実さの表れ。むしろこれで良かったのだ、とこの記事を読んで感謝しています。

小川たまかさんのnote
[「DVやモラハラをする人は自分が傷つくことを極端に恐れる人」](https://note.mu/ogawatamaka/n/n7e0188da8e07)
https://note.mu/ogawatamaka/n/n7e0188da8e07

どうしてこんな人がいるのだろう、と理解に苦しみますが、そんな彼らの特徴を小川さんは明確にされています。
“絶対に傷つきたくない人たち。自分が傷つかないためには、いくらでも相手を傷つけて構わない人たち。”

程度の差はありますが、私が過去に関わった人たちの中にも何人か、こういうタイプがいました。
その人たちにも良いところはあったはずなのですが、思い出せるのはネガティブな記憶のみ。

いつも愚痴や不満ばかりで、自分を不機嫌にさせる人はみな悪者扱い。怒りを言葉だけでなく態度にも出して、怖がらせては喜ぶ。

「そういうのやめた方がいいよ」
となぜ言わなかったのか。
「自分にも欠点があるので、指摘する資格はない」
「この人を拒んだらきっと、怒りから破壊的な行動に出るかもしれない」
余計な謙遜や、相手の心を悪い方へ想像することは恐れだけでなく、自分自身を善としたいという傲慢さからくると、気付かされました。

とは言え、なくてはならない存在だと思っているときに、離れるのは勇気がいること。
私には自分から離れたケースも、徐々に会わなくなったケースもあります。どちらも寂しさに襲われますが、人生を狂わされるよりずっといい。その後必ず、良い友達に恵まれます!

via PressSync

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